仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)559号 判決 1956年10月09日
控訴人 大庭四郎
被控訴人 赤井鉱業株式会社
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対して金五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二八年七月一日から完済に至るまで年六分の金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
<証拠省略>
理由
成立に争のない乙第二号証、原審証人佐藤良三郎、佐々木登、柴律之、原審及び当審証人門間正寿の各証言を総合すると、訴外太田三郎は昭和二六年一一月頃から同二八年七月頃までの間被控訴会社の常務取締役経理部長の職にあつて同会社の経理事務を担当していたものであること、当時右会社の代表取締役は外川柳太郎、佐々木登の二名であつたが、右太田三郎が主として会社の業務を運営し、殊に経理関係の業務については太田が会社印及び社長印を自由に使用していたものであること、右太田はその在職中である昭和二八年五月一日振出の権限無くして、右会社の代表取締役外川柳太郎名義で柴律之に対し金額一〇〇、〇〇〇円満期同年六月三一日、支払地宮城県石巻市、支払場所株式会社七十七銀行石巻支店、振出地宮城県石巻市と記載し、受取人欄を空白とした白地の約束手形(甲第一号証)を振出し、同人は更にこれを武山五郎を経て控訴人に譲渡し、その際武山五郎の依頼により白地手形の補充権に基き受取人欄に控訴人の氏名を補充記載したものであることを認めることができる。
右認定事実に徴すれば、本件約束手形(甲第一号証)は被控訴会社の常務取締役である右太田三郎が振出したのであるから、商法二六二条により被控訴会社は手形の善意取得者たる第三者に対しその手形上の義務を負担するかどうかを考えてみると、右法条は会社の代表権のない常務取締役がその資格でした行為について会社が責任を負う旨を規定しているだけであつて、常務取締役が直接代表取締役名義でした行為についての会社の責任には言及していない。ところで常務取締役がその資格でした行為に対しては会社が責任を負い直接代表取締役名義でした行為に対しては民法の一般原則にかえつて代理権限の有無によつて会社の責任を定めることとすると、常務取締役の同一の行為がその名義の如何によつて効果を異にすることとなり、権衡を失うばかりでなく、右商法の規定の精神に反する。したがつて右法条は本件の場合のように常務取締役が権限無く代表取締役名義でした行為についてもまた適用があるものと解するを相当とする。
ところで、本件手形は白地のまま柴律之から武山五郎を経て控訴人に譲渡されたが右三名がこれを取得する当時悪意であつたことについては被控訴人の提出に係る全立証を以てもこれを認めることができず、また被控訴人は本件手形の満期が昭和二八年六月三一日と暦にない日を記載されているから手形要件を欠く無効のものであると主張するけれども、右は六月三〇日となすべきものを誤つて六月三一日と記載したものと認められるばかりでなく、結局満期を六月末日と定めたものと解されるからこれを目して手形要件を欠く無効のものということはできない。
してみれば、被控訴人は控訴人に対して右手形上の債務を負担することは明らかであるといわなければならないが、手形金額のうち金五〇、〇〇〇円が既に太田三郎から支払われたことは控訴人の自認するところであるから被控訴人は控訴人に対してその残額である金五〇、〇〇〇円及びこれに対する満期の翌日である昭和二八年七月一日から完済に至るまで手形法所定年六分の金員を支払わなければならない。
したがつてこれと異る原判決を取消すべきものとし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 齊藤規矩三 檀崎喜作 沼尻芳孝)